翡翠はルビーの夢を見る(第13話)
(ソルジャー・シン!)
砦から自分を出すなとの連絡を回すとは。
美しく優しい顔をしているのに、見た目とは違って実際には怖い人だと思った。
自分には大切な仕事がある。担当患者もいるのに病院にも戻れないとは……。
「私は砦の保育士をしているの。名前はジュリース」
「リネット・オリアールです」
リネットは軽く頭を下げた。
「あなた、ここから歩いてどこへ行くつもりなの?」
「だから砦の外に……」
「この先は分かれ道になっているのを知ってる?」
「分かれ道?」
「この先には空港があるの」
「空港?」
ジュリースは頷いた。
「右の道路を行くと空港、そして左へ行くと砦外へ続く橋。空港からは出られないわよ。操縦が出来ないと無理ね。橋側の方は駅まで相当遠いわよ。サイオンでも使えば別だけど、徒歩でなんて何時にたどり着くか……」
「でも私は帰りたいんです!」
ジュリースは固い表情でリネットを見ていた。
「空港も橋も駅も無理だと思うけど」
「え?」
「ソルジャーが警備を置いているから」
「警備?」
「あの人の……ソルジャー・シンの力は強大なの。あ、ここで言う力っていうのは、サイオンのことじゃなくて、権力とか立場のことね。たった一言命令するだけで何でも出来てしまう。あの人に逆らう人なんかこの砦にはいないし」
彼の命令や指示は、ここでは絶対だということらしい。
(帰れない……?)
リネットはどうしたらいいか分からなくなった。
ジュリースはじっとリネットの顔を見ていたが、やがて言った。
「抜け道を教えてあげてもいいけど」
「抜け道?」
そんなものがあるのか……とリネットは驚いた。
「この砦の住民でも知っている人は少ないと思う。だからその道を行けば、見つかる可能性は低いんじゃないかな。そんな道を行く人もいないから、警備もいないだろうし。ただ……森を抜けなきゃいけないの。抜ければ隣町に続く道路に出るはずだから。森の中を30分は歩くわよ」
「構いません、教えて下さい」
リネットはジュリースに礼を言って別れた後、教えられた抜け道へと向かった。
教えられた抜け道は、空港側の道路の途中で右へ逸れて歩くのだそうだ。
(あれが森?)
今まで見えていた果樹園の木とは明らかに違う茂った木が密集している。森の中央には細いくねった道が続いており、明らかに誰かが通ったことがあるようだった。それでリネットは少し安心する。
森の中のくねった道を歩いていくことにした。
(薄暗い)
真昼間なのに木がびっしり生えているせいで、陽が地面まで届いていない。
リネットはそれからひたすら森の中を歩いていった。
(足が痛い)
今まで歩き通しだった上に、森に入ったら急に道が悪くなった。湿ったどろどろした土がヒールにまとわりついて歩きにくくてたまらなかった。手に持っているコートも邪魔になり、リネットはそれを黒いスカートの腰にしばりつけた。
いっそ靴も脱いでしまいたいくらいだが、枝やら何やらが落ちていて刺さりそうな気がしたので出来なかった。踵の辺りにじわりと血が滲んできている。靴ずれをしたらしい。
(疲れた)
それに空腹になってきた。こんな時なのにお腹が空くなんて……とリネットは息を吐く。
30分は歩くと聞いていたが、もうそれ以上は歩いているような気がしていた。職業柄腕時計をしない主義だし通信機もないので時刻が分からないが、感覚で30分以上は経過していると思った。
(水の音?)
何だろうと思った。
(……!?)
ふいにリネットは思わず立ち止まった。
そうして呆気に取られて瞬きを繰り返した。
(嘘……どうして)
森の果ては生き止まりだった。
垂直に近い状態で傾斜した地形が目の前に広がっている。つまりは崖だったのだ。崖の下には小さな細い川があって、ちょろちょろと水が流れている。
リネットは疲れてその場にヘタヘタと座り込んだ。
「どういうこと?」
あのジュリースという女性は砦から出る近道だと言ったのに……。近道どころか行き止まりとは。
ふいにソルジャー・シンの顔が浮かんだ。
(そうか、あの人の仕業だ)
あの女性はおそらくソルジャー・シンの指示でリネットを引き止めるために嘘をついたのだ。わざと森の中を歩かせて、時間稼ぎをしたに違いない。
この砦の住民達は皆ソルジャー・シンの味方なのだ。なのにこんなにあっさりと近道などを教えるわけがない。リネットが逃げる手助けをする者はここにはいないと思った方が良かった。おかしいと思うべきだった。
戻らないと……と腰を上げたものの、疲れているのと足が痛いのとで、身体がよろめいた。
落ちると危ない……と思いながら引き返そうとしたが、ぬかるみにずるっとヒールの足が取られた。
かと思うとその瞬間、きわどい崖の端の地面が緩やかに崩れ出す。
「ちょ、ちょっと……何?」
足が滑ってバランスを崩した。
身体がずるりとその崩れに沿うように巻き込まれていった。
(落ちる……!)
ふうっと身体が縦のまま落下する感覚があり、リネットは思わず目を閉じる。
(助けて)
誰に向かって言おうとしているのか……。声が出ない。
《助けて!》
まだ自分は死にたくないと思った。こんなところで死んだら、大勢の患者を助けることも出来なくなる。
(死ねない、こんなところで)
まだ、死にたくない……と強く願った瞬間、ふいに何か自分の中から強い力が発揮されるような気がした。
リネットは閉じていた目を開けた。
(青い……光?)
これは何だろうと思った。何か青いふんわりしたベールのような光が自分の身体を包んでいるような気がした。そして落下するスピードはゆっくりとなり、そのまま何やらバシャリと水が跳ねて、気付くと冷たい水の中に身体が半分突っ込んでいた。
「川……?」
高い場所から落下したはずなのに、衝撃も何も感じなかった。
顔を上げて上を見上げると、崩れた崖っぷちからパラパラと土や石が落ちてきている。ずいぶん高い所から落ちたのに、どうして無事だったのだろう。この高さなら死んでもおかしくないはずなのに。
リネットは這うようにして川から岸へと上がっていく。自分を包んでいた青い光は既に消えていた。
バッグもコートも既になくなっていた。落下する時に落としたのか、あるいは川に流されたのか……。靴も片方どこかに行ってしまっている。
川の中の水をかぶったせいで、身体が冷えていた。
(寒い……)
身体がぶるっと震えて、リネットは岸に座り込んだ。
そうして疲れと寒さからまったく動けなくなり、うつ伏せに倒れ込んだ。ごつごつした岩が顔に当たる。
「助けて……」
と呟いても助けは来なかった。
(誰か……)
リネットは次第に意識が遠のいていく感覚に気付いていた。
《助けて》
自分はここで死ぬのだろうかと思った。
ふいに浮かんだのはあの翡翠色の瞳。
《……ジョミー》
そこで意識が途切れた。
**************************
(ブルー!)
ジョミーは思わず椅子から立ち上がった。
「ソルジャー・シン? どうなさいました?」
リオはすぐにそう訊いて来る。
ジョミーは今、いつものようにリオを伴ってミュウ自衛官舎に来ていた。
実はブルーが朝出て行ってから、少しの間、気配を追いかけたのだが、空港方面に向かっていることだけを確認すると、後は少し時間を置いた。そしてその後は彼女の住んでいたマンションから、一瞬にして荷物をテレポートで引き上げ、リオには管理会社関係のデータ操作と暗示掛けをさせた。
それからミュウ自衛官舎に来たわけである。
まさか一日中、ブルーの追っかけをやっているわけにもいかない。自分にはミュウの砦で長としての役割や日課がある。それを無視するわけにもいかなかったのだ。
だが……。
(今、確かにブルーが僕を呼んだ)
かすかな思念波だったが、確実に受け取った。
「すまないがしばらく席を外す。リオ、午後からはお前が代行して会議を進めていてくれ」
「分かりました。でもどうなさったのです?」
「ブルーに何か起こったようだ」
「えっ?」
リオの顔色が変わった。
「取り敢えず、気配を追いかけて現在位置を掴んでから、空から探してみる」
「大丈夫なんでしょうか?」
ジョミーはリオの顔を見る。
「失敗だったかな」
何か彼女が危険な目に遭ったのなら、それは自分の責任だ。
今のブルーは半覚醒で自分の身を守ることなど、まともに出来ないのに……。
だが『生きている気配』を感じ取ることが出来るので、もちろん死んだりはしていないはずだ。
「留守を頼む」
「お気をつけて、ソルジャー」
ジョミーはソルジャー服のままテレポートすると、一瞬のうちに外に出る。
(ブルー、今、行くから)
**************************
(第14話へ続く)
砦から自分を出すなとの連絡を回すとは。
美しく優しい顔をしているのに、見た目とは違って実際には怖い人だと思った。
自分には大切な仕事がある。担当患者もいるのに病院にも戻れないとは……。
「私は砦の保育士をしているの。名前はジュリース」
「リネット・オリアールです」
リネットは軽く頭を下げた。
「あなた、ここから歩いてどこへ行くつもりなの?」
「だから砦の外に……」
「この先は分かれ道になっているのを知ってる?」
「分かれ道?」
「この先には空港があるの」
「空港?」
ジュリースは頷いた。
「右の道路を行くと空港、そして左へ行くと砦外へ続く橋。空港からは出られないわよ。操縦が出来ないと無理ね。橋側の方は駅まで相当遠いわよ。サイオンでも使えば別だけど、徒歩でなんて何時にたどり着くか……」
「でも私は帰りたいんです!」
ジュリースは固い表情でリネットを見ていた。
「空港も橋も駅も無理だと思うけど」
「え?」
「ソルジャーが警備を置いているから」
「警備?」
「あの人の……ソルジャー・シンの力は強大なの。あ、ここで言う力っていうのは、サイオンのことじゃなくて、権力とか立場のことね。たった一言命令するだけで何でも出来てしまう。あの人に逆らう人なんかこの砦にはいないし」
彼の命令や指示は、ここでは絶対だということらしい。
(帰れない……?)
リネットはどうしたらいいか分からなくなった。
ジュリースはじっとリネットの顔を見ていたが、やがて言った。
「抜け道を教えてあげてもいいけど」
「抜け道?」
そんなものがあるのか……とリネットは驚いた。
「この砦の住民でも知っている人は少ないと思う。だからその道を行けば、見つかる可能性は低いんじゃないかな。そんな道を行く人もいないから、警備もいないだろうし。ただ……森を抜けなきゃいけないの。抜ければ隣町に続く道路に出るはずだから。森の中を30分は歩くわよ」
「構いません、教えて下さい」
リネットはジュリースに礼を言って別れた後、教えられた抜け道へと向かった。
教えられた抜け道は、空港側の道路の途中で右へ逸れて歩くのだそうだ。
(あれが森?)
今まで見えていた果樹園の木とは明らかに違う茂った木が密集している。森の中央には細いくねった道が続いており、明らかに誰かが通ったことがあるようだった。それでリネットは少し安心する。
森の中のくねった道を歩いていくことにした。
(薄暗い)
真昼間なのに木がびっしり生えているせいで、陽が地面まで届いていない。
リネットはそれからひたすら森の中を歩いていった。
(足が痛い)
今まで歩き通しだった上に、森に入ったら急に道が悪くなった。湿ったどろどろした土がヒールにまとわりついて歩きにくくてたまらなかった。手に持っているコートも邪魔になり、リネットはそれを黒いスカートの腰にしばりつけた。
いっそ靴も脱いでしまいたいくらいだが、枝やら何やらが落ちていて刺さりそうな気がしたので出来なかった。踵の辺りにじわりと血が滲んできている。靴ずれをしたらしい。
(疲れた)
それに空腹になってきた。こんな時なのにお腹が空くなんて……とリネットは息を吐く。
30分は歩くと聞いていたが、もうそれ以上は歩いているような気がしていた。職業柄腕時計をしない主義だし通信機もないので時刻が分からないが、感覚で30分以上は経過していると思った。
(水の音?)
何だろうと思った。
(……!?)
ふいにリネットは思わず立ち止まった。
そうして呆気に取られて瞬きを繰り返した。
(嘘……どうして)
森の果ては生き止まりだった。
垂直に近い状態で傾斜した地形が目の前に広がっている。つまりは崖だったのだ。崖の下には小さな細い川があって、ちょろちょろと水が流れている。
リネットは疲れてその場にヘタヘタと座り込んだ。
「どういうこと?」
あのジュリースという女性は砦から出る近道だと言ったのに……。近道どころか行き止まりとは。
ふいにソルジャー・シンの顔が浮かんだ。
(そうか、あの人の仕業だ)
あの女性はおそらくソルジャー・シンの指示でリネットを引き止めるために嘘をついたのだ。わざと森の中を歩かせて、時間稼ぎをしたに違いない。
この砦の住民達は皆ソルジャー・シンの味方なのだ。なのにこんなにあっさりと近道などを教えるわけがない。リネットが逃げる手助けをする者はここにはいないと思った方が良かった。おかしいと思うべきだった。
戻らないと……と腰を上げたものの、疲れているのと足が痛いのとで、身体がよろめいた。
落ちると危ない……と思いながら引き返そうとしたが、ぬかるみにずるっとヒールの足が取られた。
かと思うとその瞬間、きわどい崖の端の地面が緩やかに崩れ出す。
「ちょ、ちょっと……何?」
足が滑ってバランスを崩した。
身体がずるりとその崩れに沿うように巻き込まれていった。
(落ちる……!)
ふうっと身体が縦のまま落下する感覚があり、リネットは思わず目を閉じる。
(助けて)
誰に向かって言おうとしているのか……。声が出ない。
《助けて!》
まだ自分は死にたくないと思った。こんなところで死んだら、大勢の患者を助けることも出来なくなる。
(死ねない、こんなところで)
まだ、死にたくない……と強く願った瞬間、ふいに何か自分の中から強い力が発揮されるような気がした。
リネットは閉じていた目を開けた。
(青い……光?)
これは何だろうと思った。何か青いふんわりしたベールのような光が自分の身体を包んでいるような気がした。そして落下するスピードはゆっくりとなり、そのまま何やらバシャリと水が跳ねて、気付くと冷たい水の中に身体が半分突っ込んでいた。
「川……?」
高い場所から落下したはずなのに、衝撃も何も感じなかった。
顔を上げて上を見上げると、崩れた崖っぷちからパラパラと土や石が落ちてきている。ずいぶん高い所から落ちたのに、どうして無事だったのだろう。この高さなら死んでもおかしくないはずなのに。
リネットは這うようにして川から岸へと上がっていく。自分を包んでいた青い光は既に消えていた。
バッグもコートも既になくなっていた。落下する時に落としたのか、あるいは川に流されたのか……。靴も片方どこかに行ってしまっている。
川の中の水をかぶったせいで、身体が冷えていた。
(寒い……)
身体がぶるっと震えて、リネットは岸に座り込んだ。
そうして疲れと寒さからまったく動けなくなり、うつ伏せに倒れ込んだ。ごつごつした岩が顔に当たる。
「助けて……」
と呟いても助けは来なかった。
(誰か……)
リネットは次第に意識が遠のいていく感覚に気付いていた。
《助けて》
自分はここで死ぬのだろうかと思った。
ふいに浮かんだのはあの翡翠色の瞳。
《……ジョミー》
そこで意識が途切れた。
**************************
(ブルー!)
ジョミーは思わず椅子から立ち上がった。
「ソルジャー・シン? どうなさいました?」
リオはすぐにそう訊いて来る。
ジョミーは今、いつものようにリオを伴ってミュウ自衛官舎に来ていた。
実はブルーが朝出て行ってから、少しの間、気配を追いかけたのだが、空港方面に向かっていることだけを確認すると、後は少し時間を置いた。そしてその後は彼女の住んでいたマンションから、一瞬にして荷物をテレポートで引き上げ、リオには管理会社関係のデータ操作と暗示掛けをさせた。
それからミュウ自衛官舎に来たわけである。
まさか一日中、ブルーの追っかけをやっているわけにもいかない。自分にはミュウの砦で長としての役割や日課がある。それを無視するわけにもいかなかったのだ。
だが……。
(今、確かにブルーが僕を呼んだ)
かすかな思念波だったが、確実に受け取った。
「すまないがしばらく席を外す。リオ、午後からはお前が代行して会議を進めていてくれ」
「分かりました。でもどうなさったのです?」
「ブルーに何か起こったようだ」
「えっ?」
リオの顔色が変わった。
「取り敢えず、気配を追いかけて現在位置を掴んでから、空から探してみる」
「大丈夫なんでしょうか?」
ジョミーはリオの顔を見る。
「失敗だったかな」
何か彼女が危険な目に遭ったのなら、それは自分の責任だ。
今のブルーは半覚醒で自分の身を守ることなど、まともに出来ないのに……。
だが『生きている気配』を感じ取ることが出来るので、もちろん死んだりはしていないはずだ。
「留守を頼む」
「お気をつけて、ソルジャー」
ジョミーはソルジャー服のままテレポートすると、一瞬のうちに外に出る。
(ブルー、今、行くから)
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(第14話へ続く)
この記事へのコメント
久しぶりに書き込みします。私もリネット・ブルーが前世の記憶を取り戻したかが気になります。今回はジョミーがかっこよかったと思います。ドクター女ブルーもかっこいいなとは思っていたのですが・・・。ところでこちらのサイトさんがブルジョミではなく、ジョミブルなのは、やはり管理人様がジョミーをお好きだからなのでしょうか?(もちろん、私もジョミーが好きですが)とにかく続きが楽しみです。
はい、ジョミーって思念波で呼びましたね。
前世の記憶が戻ったかは、さあ、どうでしょうか?
更にミュウ覚醒についても、続きをお読み下さいということで。
もったいつけてすみません。
ブルーの記憶については更新後ということで。
ジョミブルとかブルジョミとかっていうのは、どっちが女か?という意味でよろしいでしょうか?
私の転生話のブルーが女なのは、単に先に書いた転生キスマツ話で既にジョミーが男で出演していたからです。
シロエやジョミーを女にしなかったのは、この二人を女体化すると、マツカの立場がヤバくなる・・・からです。
なので前世でキースが好きだった相手は、マツカとフィシス以外は男なんです(キスマツに興味なかったら関係ない話ですみません)。
わ!どきどきの展開ですね。
このままあっさりジョミーを思い出してくれるんでしょうか?
そんなうまいこといくのかな?
ラブロマンスをつい期待してしまいます。
そうですね、あっさりと思い出すかどうか?
ラブロマンスですか?
なかなかそういうムードには突入しませんね。
以降にご期待ということで。