翡翠はルビーの夢を見る(第17話)

(ブルー、死んでは駄目だ!)
 ジョミーは暗い宇宙空間に漂うソルジャー・ブルーを追いかけていた。

 前世と同じマント姿のソルジャー服で、ブルーは目を閉じたまま浮かんでいた。
 追いかけないとブルーを失ってしまうと思った。
 必死で飛んで追いかけて手を伸ばしたら、ブルーの腕を掴むことが出来た。
「ブルー!」
 すると相手はそっと目を開けた。
 ルビー色の瞳がジョミーを見た。
 その瞬間、ブルーの姿が変化した。
 銀色の髪が一瞬で長くなり、ソルジャー服ではなく白衣に変わっていた。だが相手の姿が変わっても、ジョミーはその腕を離しはしなかった。
「ブルー」
「そんな名前は知らない」
 相手の眼差しは知らない相手を見る目だった。
「ブルー、僕はジョミーだよ」
「私はあなたを知らない」
 どうして……どうして……とジョミーの心が叫んでいた。
(どうして……ブルー)
 なぜ忘れてしまったのか……。
「どうして僕のことを忘れたの?」
 僕と君は同じように地球に焦がれた。あなたは前世では地球に降り立つことは出来なかった。だが僕は地球に降りた。
 でも現世では二人共に地球の大地に生まれてきた。
 どうか思い出して……ソルジャー・ブルー!

 そこでジョミーは暗闇の中、目を覚ました。
(また夢を見た)
 だが傍らには確かな生きている気配と、柔らかく細い身体が……。
「ブルー」
 と、ジョミーはそっと呟いた。
 返事はなかったが、かすかな息遣いが感じられた。
 そう、今のは夢。現実ではない。
 暗闇でもブルーの気配ははっきりと感じ取れた。
(心臓の音がする。死んではいない。生きてる)
 ジョミーはそのことに安堵した。そこで再び目を閉じる。ブルーの温もりと気配を感じながら……。
(どうして忘れたの……か)
 こうしてそばにいるのに。記憶は無い。
 たとえ前世の記憶を失っていても、自分のことを覚えていなくても、ブルーには生きていて欲しいと思った。だが贅沢なもので、生きていると感じられると、自分を思い出して欲しいと願ってしまうのだ。
(ブルーはここにいるじゃないか)
 こんなに近くに……。
 ブルーはジョミーの腕の中にいるのに。
(僕のことを思い出さなくても、記憶が戻らなくても……)
 それでも……会えなかった長い歳月を思えば今は幸福だ。
 今、この時もブルーはジョミーの腕の中にいるのだから。
 ジョミーは十年前、キースに説教めいたことを言ったことを思い出していた。あの時、キースは強引にジョナを連れ去った。そのことはともかく、一緒に住んでいながらキースは結婚する気もないと言っていた。生きている間はそばにいてもらうと言い切った。それを自分は責め立てた。
 今はキースの気持ちがとてもよく分かる。本当に痛いほど。
 立場や周囲のことなど考えていられない。大切なのは本人がそばにいるということだけ。離れることなど考えられない。

(絶対に離さない)


**************************


(……ジョミー)
 太陽の輝きのような金色の髪に、翡翠のような半透明の若草色の瞳。
 ジョミーがそっと口付けしてくれた夢を見た。
 触れた唇の温もりがかすかに残っているような気がした。 
 現実には一度もそんなことをされたことはない。ないのに……なぜ? 願望が夢にでも出てきたのか?
 願望? そうだよ、僕は君を誰よりも愛していたから。ずっとずっと愛してきたよ。君が生まれた時からずっとね。
 僕が一番君のことをよく分かっているし、僕が一番君を愛しているんだ。
 長いこと君が成長するのを待っていたら、今度は自分の寿命が来てしまった。もっと君と語り合いたかったのに……。
 だが僕は君がきっと仲間を地球へと導いてくれると信じていた。だから君をソルジャーに任命したことで僕は満足だった。君はきっと別な方法で仲間を地球へと導いてくれるだろう。
 ジョミー……。

 唇が離れた感じがあって目を開けたら、緑色の瞳としっかり合ってしまった。何をしたのかと訊いてみたが、それに対しての答えはなかった。耳に届いた言葉は僕を案じる言葉。
 彼は……ジョミーはこう言ったのだ。
「リネット、その……大丈夫?」
 よく知っている名前のような気がしたが、寒さのせいでその名前が何なのか一瞬思い出せなかった。
 僕はブルーだ。なぜジョミーは僕を『リネット』と女のような名前で呼ぶのだろう。
 リネット? リネット……。
 頭痛が激しくなり、身体の震えが止まらなくなった。
「寒い」
 寒くて頭が回らなくなった。
「すごく寒い」
 その瞬間、ジョミーがなぜか怯えたような表情をした。
 ブルー、リネット、ブルー、リネット。二つの名前が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
 私はリネット・オリアール。そうリネットは私の名前だ。
 ……寒い。この寒さは何だろう? 身体が冷えて心から凍えそうだ。もしやこのまま前世のように命が消えてしまうのだろうか? せっかくジョミーに会えたのに……。
《嫌だ!》
 ふいに頭に共鳴するような響き……。
《死んだら嫌だ! ブルー!》
 これは……ジョミーの心の叫びだと思った。


 だがふいにほんのりと温かい何かが触れたような気がした。まもなく身体の震えが止まった。
 そして同時に全身が温もりに包まれて身体の冷えが徐々に回復していく。
(優しくてふんわりと温かい感じ)
 こんな温もりを感じたのは久しぶりのような気がする。
《お母さん》
 母は未婚で自分を産んだ。父親が誰なのかをリネットは知らない。父の名前を告げることもなく母は逝ってしまったから……。
 だが幼い頃に……母に抱き込まれて眠ったことが何度もある。具合の悪い時や……そして嵐の夜だ。母はとても優しかった。
 今、自分はこの上なく幸福な気持ちで満たされていた。


 薄明るい光を感じた。
 とろとろと良い気分だった。眠る前に感じていた寒気や頭痛が嘘のように消え去っていた。
(どうしてこんなに心地良いのか)
 安心して眠っていられる感じだった。
《ブルー……》
 と、ささやくような思念波を感じて、リネットはいきなりハッとなる。
 目を開けた瞬間に飛び込んできたのは金色の髪だった。
(髪……? 金色の?)
 最初は事態を把握出来なかった。
 何度か瞬きを繰り返してみた。
 身体は……しっかりと腕に抱き込まれて固定されていた。
 今、自分が横になっているのは……もちろんベッドの上。
「ソルジャー・シン!」
 リネットはそう叫ぶと、自分を抱いていたその身体を思いっきり押した。それからガバッと上半身を起こす。
 掛かっていたブランケットがバサリとベッドの上に落ちる。
 すると相手も気付いたようで、しっかりと目を開け、彼もまた起き上がった。今となっては見知った翡翠色の美しい瞳が真正面からリネットの姿を捉えていた。
「な、なんであなたが……わ……私のベッドにいるんですか!」
 もちろんお互いにしっかり服は着ている状態だが……。
 ふいに相手の手が伸びてきて、リネットの額にそっと触れた。
「何をするんですか!」
「良かった、熱は下がったみたいだね」
 ソルジャー・シンは何事もなかったかのようにそう言ってから手を離す。
 しかも……相手は飛び切りの笑顔をリネットに向けてきたのだ。
「私に何を……」
 ベッドの上で向き合う形でリネットは訊いた。
 するとジョミーは笑うのを止めた。
「あなたが寒いと言ったので」
「え?」
「熱のせいだと思うけど、寒いと言って身体を震わせていたから、一晩抱いて寝たんだ」
 何でもないことのようにさらりと言われた。
「……抱いて?」
「変な意味じゃない。ちゃんと服は着てるでしょう? 言葉通りだよ。あなたの身体を僕が抱き締めて……。そうしたら震えも止まった」
 リネットは慌ててベッドから離れようとした。相手から離れるためにである。
 だがふいに伸びてきた手に腕を掴まれる。
「どうして逃げるの?」
 相手の目が悲しげに見えた。
「僕はいつも夢を見るんだ」
「ゆ、夢?」
「そう、あなたの夢を」
 ジョミーはそう言って、ただじっとリネットの顔を見つめていた。
(夢なら私も見た。この人が……ソルジャー・シンが出てくる夢)
 しかも自分はこの人を愛していると言っていた。
 その瞬間、激しい頭痛に襲われた。リネットは思わず片手で頭を押さえる。
「ブルー! まだ具合が悪いの?」
 ブルー……ブルー……。その名前が頭にガンガンと響き渡る。
(頭が……痛い!)
 ガンガンと響く音が止んだと思ったら、今度は大きな石で頭を押さえ付けられてでもいるような感じがあった。
(何なの、これは)
 遠い遠い記憶の果てに……リネットが見たものは……青い地球。
 そっと頬の辺りに温かい手の感触があって、リネットはハッとなる。
「ブルー……リネット」
 ジョミー・マーキス・シンはリネットが混乱していることを察してか、名前の言い直しをしてきた。
「どこかまだ?」
「い、いえ。もう治りました」
 彼の手が触れたら一瞬にして頭の重さも消え去った。
「ソルジャー・シン」
「はい?」
 相手の手が離れた。
「あなたは何歳ですか?」
「え?」
「見た目は20歳くらいに見えます」
「ミュウは自分の姿を若く保つことが出来るので」
「そんなことは知っています。繰り返しますがあなたは本当は何歳ですか?」
「40歳です」
「分かりました、ありがとう」
 何なのだろうというような目で見られた。
「リネット」
 そこでリネットは静かに相手を見た。
「はい?」
「もしかして何かを思い出した?」
「いいえ」
 すると相手は怪訝そうな顔になった。
「ただ……夢を見たので」
「夢?」
「なんでもありません。たいした夢ではないです」
 リネットは首を振ってそう言った。
「僕も夢を見た。僕が見たのは……君の夢。いつもいつも見ていた。あなたの夢を。あなたがここへ来る前から」
「ソルジャー・シン」
 すると相手は露骨に顔をしかめた。
「その呼び方は止めて、リネット」
 リネットは黙ってソルジャー・シンの顔を見る。

「僕をソルジャー・シンと呼ばないで。僕の名前はジョミーだ。だから君にはジョミーと呼んで欲しい」
 

**************************


(第18話へ続く)

"翡翠はルビーの夢を見る(第17話)" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント